フル・スロットル

大学院の今学期最後の授業の日にアメリカからのお客様を成田まで送る予定が入りました。これまで学生に質問を投げかけ、それに対する返答をきっかけに議論を進める形式で授業をしてきたのですが、今日はアローの不可能性定理の証明を終えなければなりませんし、授業の延長もできません。昨晩の内に今日の授業のシナリオにそって時間を無駄にしないようにノートを書き直しました。早朝から雨模様。10分ほど前に教室に入り、今日の議論で使うプロファイルの表を幾つか移動式の黒板に書いておきました。

授業最初に、今日は最後だし後の予定があるので、これまでとは違う形式で授業をすると宣言し、定義などの復習を少ししてから、証明に入りました。その証明の最中に、ある種の心地よさを感じました。自分は今フル・スロットル(full throttle)で走り抜けている!普段は黙り込んだ学生から返答を引き出すために、あるいは論旨不明瞭な返答をなんとかそれらしいものにするために、実はずいぶんと我慢をしていたのです。それに比べ、時間に追われているとはいえ、証明の論理の流れを走り抜けるこのスピード感の心地よさ。

A Beautiful Fractional Extreme Point

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内田光子さん

先日の新聞の小さな記事に内田光子さんが Dame の称号を与えられるとありました。Dame とは何かも知らなかったので、辞書を引きました。

彼女の演奏に始めて接したのは1989年か1990年のことだったと記憶しています。何かの案内で彼女の演奏会を知り、切符を買い、その日の夕方、家内を助手席に乗せて、Bonn 郊外のアパートから、対戦中に破壊された鉄橋で有名な Remagen までライン川に沿って南下しました。切符に Bahnhof (駅)と書いてあったのですが、まさか駅の中で演奏会はないだろうと思いながら、行き着いた先が Bahnhof Rolandseck です。本当に鉄道の駅でしたが、ただの駅ではありません。詳しくは
Arp Museum のサイトを見てください。グランドピアノを載せるといっぱいいっぱいの大きさの一段高い舞台が会場の真ん中にしつられてありました。現れた内田光子さんは、CD ジャケットの写真から予想していたよりも小さく華奢な方でした。演奏のことは、20年の歳月のため、もう覚えていません。演奏の合間に階下の線路を走り抜ける鉄道の音が聞こえてきたことが記憶にあります。演奏会が終わり、幸せな気分で真っ黒なライン川を右手に見ながら自宅に戻りました。

次に彼女の演奏会に行ったのは Amsterdam の
Concertgebouw でした。2月の寒く湿っぽい天気の日に Concertgebouw の建物に彼女の演奏会を知らせる垂れ幕を見つけました。主に子供を対象とした昼間の演奏会でしたので、ほとんどの観客が親子づれでした。彼女はモーツァルト時代の古いピアノと現代のピアノの両方を、曲と楽器の説明をしながら弾いてくれました。音楽とともに、その声の美しさが印象に残った演奏会でした。あれからもう3年以上が経っています。

お客様

南キャロライナのチャールストンからチャールストン大学の大学院生で、高校の先生でもある Kathryn Pedings さんが来日し、2週間滞在します。19日にはセミナーを予定しています。

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鳥の歌

先日、体調が悪く休暇を取って自宅にいたおかげで、ピレシュのスーパーピアノレッスンを見る機会に恵まれました。マリア・ジョアン・ピレシュです。彼女のブラジルでのコンサートの様子でした。曲はベートーベンとシューベルトのソナタ。昔、彼女の弾くショパンが好きで、その CD を繰り返し聞いていました。嫌なことがあって、お腹の中にもやもやとしたものが居座り、肩からも力の抜けきらないような夜にも、すべてを一瞬で忘れさせてしまう魔法のような演奏でした。そのピレシュは、踝くらいまでの黒っぽいスカートの上に、割烹着に見えるような服を着てました。無造作にまくり上げてあらわになった腕は日焼けしたかのように褐色に光り、右の手首の近くには小さくタトゥが見えます。ソナタを弾き終わったあと最後にカザルスの「鳥の歌」を弾くチェロの伴奏だったのですが、そのとき鳥の鳴き声がチェロに乗って聞こえてきました。「鳥の歌」の演奏に乗って鳥の声がテレビから!?もちろんそれは私の思い違いで、実は裏の雑木林から開け放たれた窓を通って我が家の居間にやってきたのです。幸せな錯覚でした。