本文へジャンプInternational Development and Urban Planning Studies, Graduate School of Systems and Information Engineering, University of Tsukuba, JAPAN
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3.ベイルートの事例は参考になるか
 
■ベイルートが気になる理由

 シリアの隣国・レバノンの首都ベイルートは1975年から90年にかけての激しい内戦により市街地が広範囲にわたって戦災を受けた後、見事な戦災復興をなしとげた経験をもちます。ダマスカス、アレッポと同様に、ベイルートはフランス委任統治領時代の1930年代に近代都市計画が導入された都市であり、都市計画の制度、および市街地の空間構成において共通点が多く見出されます。その点で、ベイルートの戦災復興はシリアの戦災復興において重要な参考となるといえましょう。


■ハリーリーの遺産

 ベイルートの戦災復興は、当時の首相ラフィーク・ハリーリー(2005年暗殺)が1995年に開始させた国家緊急再建計画「ホライゾン2000」により構想されました。外国からの投資、及び富裕な在外レバノン人の資金を国内に還流させて財源を確保し、首相自らが最大株主であった建設会社ソリデール(Solidere)を中心に実施した、国による首都再開発事業だったのです。開発は戦災地区で広く実施されたましたが、なかでも復興の中心として位置付けられたのは、オスマン帝国以来の旧市街の再開発でした。これは旧市街が6、70年代に「中東のパリ」とよばれたベイルートの繁栄の核であったことに加え、旧市街がイスラーム教派とキリスト教派を分断するいわゆる「軍事境界線」の起点であったためかと思われます。
 


内戦直後の旧市街
Robert Saliba,Beirut City Center Recovery, STEiDL, 2004 より引用



■現在の旧市街


 旧市街は、今日はダウンタウンあるいはシティ・センターと呼ばれていますが、基本的に保全の方針が採られ、内戦以前の状態に再生されました。銃創にはモルタルを埋め込み、焼け痕の煤は噴射機で清浄されるなど、きめ細かい修復技術が世界的に高く評価されています。今日ではオープンカフェが並び、高級ブランド店が軒を連ねる等、一大ショッピングセンターとなっています。また、イスラームのモスク、及びマロン派を初めとするキリスト教会がそれぞれ複数存在していましたが、いずれも修復され宗教施設として再生されています。 


  
現在の旧市街の状況 2007年筆者撮影

    
一見ではわからない仕上がりの銃創の埋め込み
Robert Saliba,Beirut City Center Recovery, STEiDL, 2004 より引用



左=内戦前の旧市街 バルーンが宗教施設を示す  右=現代の衛星写真 宗教施設が存続
「中東都市多層ベースマップシステム」による分析画像の例


■いくつかの問題

 問題点として、レバノン全体の中でベイルートだけが集中的に改善されたことに対する地方の不満があるといわれています。また旧市街はフランス時代の都市改造によってできたバロック型の近代空間であり、例えばアレッポのスークの再生には必ずしも参考にはならない面もあるかもしれません。また、ベイルートの中でも、アシュラフィーエなど、旧市街外であっても歴史地区として認定されていた地区が急速な開発の対象となり、歴史的住宅が高層ビルに建て替わっています。これはキリスト教系の在外レバノン人の投資が同地区に集中したためと思われますが、保全と開発のアンバランスの問題といわざるをえません。
  
旧市街外の歴史地区であるアシュラフィーエ。左は歴史地区であることを示す看板。右は、古い建物(手前)と、内戦終結後に建設された新しい高層(後)が混在する様子。

 
古い建物のファサードのみ残して高層化するという計画。ある意味、神戸の海岸ビルの発想に近い?


神戸・海岸ビル。1918年竣工の古い建物だったが、98年に躯体中心に残し、高層化した。何をもって保全というかは結局個別事例についての評価によることを示す事例。個人的には面白い。丸の内の開発も同時期に開始されている。


 このように、ベイルートの事例はシリアの戦災復興を考える上で参考になる点が功罪を含めて多くみられます。一方、レバノンの諸機関は、シリアの都市計画・開発に携わった経験も深く、国際協力のドナーとしては、日本の競争相手になる可能性が極めて高いように思います(杞憂だとよいのですが)。現在、まだレバノンには入国できます。ベイルートの事例に関する情報収集は、シリア内戦の進展をにらみつつ、同時並行的に実施していく必要があるでしょう。



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