組合せ数学の雑記帳 第2回

「包除原理、半順序集合、そして再び超平面配置」

第1回では、$d$次元空間を$n$個の超平面で切り分ける領域の最大個数$f_d(n)$が
$$f_d(n)=\binom{n}{d}+\binom{n}{d-1}+\dotsc +\binom{n}{1}+\binom{n}{0}$$ で与えられるというシュレフリの公式を紹介していました。 第2回の目標はこの式の解釈を紹介することです。

その道具立てとして、まず、包含排除の原理と、その一般化にあたる、 半順序集合上のメビウス関数とメビウス反転公式の紹介から 話が始まります。

ここではこの部分の詳細は省略しますが、 半順序集合というのは、集合の要素間に大小関係を表す関係性が定義されているもの、 ただし、(集合の包含関係のように)任意の2要素間に大小関係が定まっている必要は なく、2つの要素$x$,$y$に対しては、$x\preceq y$か$y\preceq x$, もしくはいずれでもない、 という関係を想定します。ただし、「大小関係」が当然満たすべき条件が満たされるように 条件がつけられています。
(この連載の1つのコンセプトは、離散数学のいろいろなトピックを紹介する、ということで、 連載全体では幾何学寄りに偏ってしまったのですが、話の流れの中で離散数学におけるいろいろな 概念を紹介していく、ということは一応考えていました。半順序集合の概念を紹介する、ということが この第2回の記事の役目の1つなのでした。)

半順序集合$P$に対しては、メビウス関数$\mu_P(x,y)$という2変数関数が定義されます。 (関数は$x,y$は$P$の2つの要素で$x\preceq y$となるものに対して値を定め、関数の値は 実数値(複素数値としても可)。) そして、このメビウス関数はメビウス反転公式と呼ばれる公式で重要な役割を果たします。 メビウス反転公式とは、$P$上の2つの関数$f,g:P\rightarrow \mathbb{R}$に対して、 $$ f(x) = \sum_{y\succeq x} g(y) \quad (\forall x\in P)$$ であることと $$ g(x) = \sum_{y\succeq x}\mu_{P}(x,y)f(y)\quad (\forall x\in P)$$ であることが等価である、という関係のことです。 半順序集合の典型例として、ブール束$B_n$というものがあります。これは、$n$要素の集合 のべき集合(部分集合すべてからなる集合)に対して包含関係を大小関係として作られる 半順序集合です。 実は、上記のメビウス反転公式において$P$をブール束$B_n$にすると、包含排除の原理という、 数え上げ組合せ論の基本式としてよく知られているものが出てきます。 ここで、メビウス関数は$A\subseteq B$に対して$\mu_{B_n}(A,B)=(-1)^{|B-A|}$のような形になります。

この意味で、メビウス関数とメビウス反転公式は包含排除の原理の一般化ということになります。 この回の前半は、包含排除の原理の紹介から、それが一般化されてメビウス反転公式につながる、 ということを少し詳しく紹介しました。これはこの回の1つの主眼でもありました。

さて、もう1つの主眼である超平面配置における領域の個数との関連です。 前回は領域の最大個数を求めたのですが、これは、超平面の配置が一般の位置に ある場合、にあたりました。 今回考えるのは、これを一般の位置にないような超平面配置へ拡張することです。

ただし、前回に確認しているように、一般の位置にない場合は空間の次元$d$と 超平面の個数$n$だけでは領域の個数は一意には定まらないので、超平面の配置に関して 何か追加の情報が必要になります。 この追加情報に用いるのは、超平面達の交わりとして生じる各次元のアフィン部分空間 を要素として、包含関係の逆向きで大小関係を定めるような半順序集合です。 これは例えば次の図の左のような超平面配置(2次元空間中に4本の直線)に対しては 右側のような半順序集合になります。

ここで、{1}というのは直線1そのもの、{1,2}というのは直線1と直線2の交わりとして 生じている0次元アフィン空間(=点)です。$\emptyset$は空間全体を指します。 半順序集合の順序関係は線で結ばれた上下間に、上$\succeq$下、という関係がある ように読み取ります。大小関係は推移性を持つので、線をたどって下から上へ上へと 登っていけるときに大小関係がある、ということになります。 この表現方法はハッセ図と呼ばれ、半順序集合を図示するときによく用いられる表記です。

もう少し複雑な例だと、次のようになります。

超平面配置を$\cal A$と表し、$\cal A$に対するこの半順序集合を$L({\cal A})$とすると、 この超平面配置$\cal A$における領域の個数は $$ \sum_{x\in L({\cal A})}(-1)^{\rho(x)}\mu_{L({\cal A})}(\emptyset, x) $$ となります。ここで、$\rho(x)$は$L({\cal A}$のハッセ図において$x$が一番下から 数えて何段目にあるかを表すランク関数です。(一番下が0。)
(注:この「ランク関数」の存在は、$L({\cal A}$が階層的(graded)になっていることによって 保証されます。)

これがザスラフスキーの定理です。 この式は一見意味が分かりにくいですが、実は、ユークリッド空間のセル分割に関する オイラーの公式とメビウス反転公式から導かれます。

この話の主眼は、 超平面配置が一般の位置にある場合の式であるシュレフリの公式の意味が、 このように超平面配置が一般の位置にない場合も含めたザスラフスキーの定理 の式へ一般化することによって解釈可能になる、というところにあります。

超平面配置が一般の位置にあると、実は、$L({\cal A})$はブール束の下から$d+1$段(ランク0からランク$d$まで)を抜き出した ものになります。
(例えば2次元で一般の位置にある場合には、任意の2直線対がそれぞれ交点を作るので0次元アフィン空間(=点)が$\binom{n}{2}$個、 1次元(=直線)は$n=\binom{n}{1}$個、そして、2次元空間が$1=\binom{n}{0}$個、というのが$L_{\cal A})$の要素になります。)
このことから、この場合には$\mu_{L({\cal A})}(\emptyset, x)=(-1)^{\rho(x)}$ となることが分かり、ザスラフスキーの定理から、 $$ f_d(n)=\sum_{x\in L({\cal A})} 1 $$ となります。ここからシュレフリの公式が導出されます。ここで、シュレフリの公式の各二項係数は、 $L({\cal A})$の各段の要素数を表していることになるわけです。


この、一般化することによってもとの式の解釈が得られる、という話は以前から気に入っているのですが、 実際に書いてみるとなかなか煩雑で、包含排除の原理から出発して最後の結論までを1回の記事(5ページ)で 説明するというのは少し無謀だったかもしれません。この回は2回に分けてもう少し丁寧に書いてもよかった かもしれません。

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八森正泰
hachi@sk.tsukuba.ac.jp
筑波大学システム情報系 (社会工学域)